また今度

やる気だそうったってそうはいかない

「協調性が無い」へのささやかな抵抗

先日ふと思ったんですけどね、「協調性が無い」という言葉をふりかざす人がいるなーって。
自分と一緒に同じことをしてくれないからといって、それを「協調性が無い」というもっともらしい言葉で批判するのってどうなんだろう。

きょう‐ちょう〔ケフテウ〕【協調】
[名](スル)互いに協力し合うこと。特に、利害や立場などの異なるものどうしが協力し合うこと。
「労資が協調する」「協調性」
出典:デジタル大辞泉


協調性=「人と協力することができる」性質をさすのであれば、
非協力的な人間、一つの目標に向かって行動しようとするチームの輪を乱す人間を「協調性が無い」と言うんじゃないのかな。
例えば一つの仕事をチーム内で分担しようという時に「そんな役割にはつきたくない」「自分は自分のやりたいようにやらせてもらう」「自分はやらない」なんて言い出せば
そいつは間違いなく協調性が無いなと思う。
(コナンとかに出てきたら真っ先に犯人に殺されるタイプね。「俺は勝手にさせてもらう!!」って出て行って数時間後に死体でドーンのタイプね。らーん。)
もちろん結果として同じことを主張していても、人の気持ちを汲み、人に説明しようという姿勢があり、人の理解を求めることができ、
それに対する意見を受け止めることができるのであればまた別なんだろうけど。
「そんな役割にはつきたくない」ではなく
「自分の名をあげてもらってありがたいけれども、○○であるため~~と考えてる。別の役割にしてもらえないだろうか。」とかね。


今回言いたいのは、そういう一つのミッションがある場面とは全く異なる状況において、
もうふりかざすと表現するしかない暴論?で発せられる「協調性が無い」は多くの場合間違ってんじゃないかなーということ。
具体的に場面をあげるとすればこんな感じですかね。


①トイレに一緒に行ってくれない

トイレに関しては女性がほとんどで小学生~高校生、ひどいときは大学生の時期に発生しますね。
私は高校生になってから「なんでしたい人もしたくない人もみんな連れ立ってトイレに行くんだろう」と思ったので基本トイレは一人。
ついてくる子もいたけどそれは本人の自由なので好きにしてもらった。
でも、「え!なんで一人で行くの!?」ってよく言われた。
この場合、若かったこともあってわざわざ「協調性が無い」だなんて堅い言葉で批判してくる人はいなかったものの、
このようなちょっと人と外れた行動が後々「協調性が無い」攻撃の集中砲火を浴びることになるようだ。
ただ、「人と外れた」といってもそんなに悪いことしたんだろうか。
何か私たちの間に一緒にトイレに行くことによって成し遂げるべきミッションがあったとも思えない。
放尿時にもそばにいるよというアピールをすることだろうか。テルマか?Baby Boy わたしはここにいるよなのか?どこもいかずに待ってるよなのか?
一緒にトイレに行かないとどうなるんだ。
友達じゃないと思われるのか?トイレぐらいでそう思うやつは思えば良くないか?
そのぐらいで勘違いする奴ならそのあと一緒にいるのを見ればまた友達だと思いなおしてくれるだろうよ。


②一緒にランチをしてくれない

会社とかいろんな場面でね、休憩時間が同じだったら必ず一緒にご飯を食べなければならないのかと。
別に「てめーと食う飯なんざまずくて食えたもんじゃねーんだよ一人で豚の餌食ってろ」なんて言ってない。
「ごめん、今日はちょっと一人で食べるね」って言うことがそんなに悪なのか。
協調性という点においては「ごめん」の一言があれば十分だと思う。
「ごめん(せっかく誘ってくれたその心遣いを踏みにじるようで申し訳ないが)、今日はちょっと...」の「ごめん」にはならないのか。
まぁ、さすがにそこまで読み取れとは言わないけど何らか申し訳なさを感じつつ断っていることは伝わらないものなのか。
「協力する」には「人とうまくやる」が含まれているのだと思う。
でも、誘われたランチには何が何でも同行するということが「人とうまくやる」ことではないんじゃないか。
相手の気持ちを推し量りつつも自分の意見を主張することは「人とうまくやれていない」ことなんだろうか。


③みんなで遊ぼうと言っているのに断った

これはほぼ②と同じだけど、「予定があっていけない」ではなく「うーん、今回はやめとくわ(乗り気じゃない)」がターゲットにされがち。
相手のなすがままに誘いをすべて受けつけることが協調性があることではないと思う。

 

------------------------------------------------------------------------------------------


結局、自分が思うとおりに自分と同じことをしてくれない人に対して「協調性が無い」なんてぶつけてみるんだろうけど、
「同じことをしてくれない」が悪になる場面ばかりではないと思うの。
寂しい気持ちがあるのか断られたことで傷ついたプライドがあるのかは知らないが、
あまりにそれをふりかざすとワガママで一人では何もできない、べったりとした人間関係の人というレッテルを張られかねないと思う。
もちろんみんながみんなそうじゃない。
ほとんどの人はスルリと流れてくれる。
ただ、一部の「みんなで」が好きで好きで三度の飯より大好きでって人のなかに「協調性が無い」の剣を持った人が紛れてる。


まぁ、こっちも人との距離感空けすぎるのはたいがいにしないといけないなとは思うけどね。
「協調性がない」という冤罪がなくなっても「ちょっと変わってるよねー」は永遠に付きまとうと思う。

 

誰かとケンカしちゃいそうな話だけど誰も見てないから公開できる、という悲しいブログでした。